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神の戒め

神の導き

わたしたちは若いころに規則について両親からどのようなことを教わったか憶えていますか。道で遊んではいけないとか,マッチで遊んではいけないなどの規則です。ときどき規則が重荷に感じられたことを憶えていますか。わたしたちがほんとうにしたいと思っていること,つまり楽しくなると思っていたことをしないように,両親が考え出したに違いない規則です。しかし,成長するにしたがって,これらの規則がどれほど大切であり,もし従っていなければ大けがをしたり,命を落としたりしたかもしれないことが分かってきます。

わたしたちの成長期に両親がしたように,神は最も大切なこと,安全であるための方法にわたしたちが注意を向け続けるよう,戒めを与えておられます。神の導きはすべてわたしたちの安全を図り,わたしたちがいつも神の近くにいるよう助け,最終的に いっそうの 自由と幸福を与えることを目指しています。

「戒め」という語は「あなたは,~をしてはならない」を列挙した十戒を思い起こさせるかもしれません。神はわたしたちが行ってはならないことだけでなく,行う べき ことも告げておられます。神の最も大きな望みはわたしたちの永遠の幸福です。したがって,神の戒めは制限を与えるための規則ではなく,わたしたちを危害から守り,より正しい生活へ向かわせる神の導きです。

預言者に従う

ある話を一方から見た人から聞き,その後,別の人から逆の面から見た同じ話を聞いたとき,両方とも正しいかのように感じたことがあるでしょうか。非常に多くの人や見解がわたしたちの関心を集めようとしている現在,何を信じたらよいかをわたしたちはどのようにして決めているでしょうか。わたしたちに神の御心を知らせるために,すなわち何が真実であるかを理解させるために,神は御自分の代弁者として働く預言者と使徒を召しておられます。預言者は,この地上で神に代わって語るため神によって選ばれた信仰篤い,義にかなった人です。使徒は,イエス・キリストとその神性についての特別な証人となるため神によって選ばれた預言者です。神に代わって語る預言者と使徒は,その聖なる責任を果たすために必要な神権,すなわち神の権能を持っていなければなりません。

歴史を通じて神は預言者を召してこられました。わたしたちは,聖書からアダムやアブラハム,モーセ,パウロ,その他多くの預言者について読んでいます。わたしたちは,今日もわたしたちを導くために神が預言者を召しておられると信じています。ジョセフ・スミスは教会の現在の神権時代,すなわちこの時代に召された最初の預言者でした。それ以降,地上に預言者が置かれてきました。今日,神に代わって語るために,また神の教会を導くために召されている人の名前は,Rustyです。

神はわたしたちに預言者に従うようお求めになるとき,それは,しばしば祈り,聖典を読むよう求めておられるのと同じく,神の近くにいるよう求めておられるのです。わたしたちは預言者に耳を傾けることによって,イエス・キリストの贖いを受け入れ,神が与えようとしておられるすべての祝福にふさわしくなる必要があることを繰り返し学びます。神は預言者に従う者たちが「神の王国を受け継ぐ者」となることを約束しておられます( モーサヤ15:11

断食の律法を守る

神はわたしたちに月に一度断食すること,つまり2食の飲食を断つことを求めておられます。健康上や年齢(非常に幼い,など)の問題がある場合は,状況に合わせた断食を行います。けれども,祈りの伴わない断食はただ空腹な時間を過ごすだけだと言う人もいます。具体的な必要や疑問を採り上げて,断食している間,助けを求めて祈ります。モーセ,ダビデ,エステル,イエス,その他多くの人々は神に近づき,神の導きを受けやすくするために断食しました。断食し,信仰をもって祈るとき,わたしたちはいっそう謙遜になり,神の愛を感じやすくなり,御心を理解しやすくなることに気づきます。断食はまた体の欲望を自ら進んで抑え,それが可能であることを明らかにします。そのような強さを必要とする試練を受けたときに立ち向かう力となります。

末日聖徒イエス・キリスト教会は毎月の第一日曜日を,会員たちに断食を求める日としています。

法律を守り,尊ぶ

わたしたちは住んでいる国の法律に従うべきことを信じています( 信仰箇条1:12 )。モルモンは善良な市民となり,政府と政治プロセスに参加し,積極的で,社会意識を持つ市民として地域社会に奉仕するよう勧められています。

理性を働かせて従う

神はわたしたちが神の導きに盲従すること,あるいは罰を恐れるあまり従うことを望んでおられません。自由意思に基づき知性を使って従うことを望んでおられます。戒めがほんとうに神から与えられ,わたしたちの生活をいっそう幸せにするものであることについて,自分の証すなわち信念が必要です。この証を得るために信仰を働かせなければなりません。心からの望みを持ち,これらのことを知るために必要な努力を進んで払うのです。
モルモン書の中で,天の御父は次のように約束しておられます。

これらのことが真実であることを自分で知ることができます。わたしたちは何かが真実であると知ったら,それに基づいてその後の人生を生きていきたいと考えることでしょう。戒めをお与えになる神は公平な御方です。そのような御方が根拠のない規則をお決めになることはありません。地上での生活で遭遇する混乱の中を導いてくださる神の導きと考えるとよいでしょう。わたしたちは日常生活の中で,この導きに従うことが自分のためになることに気づき,いっそうの平安と霊性を感じることでしょう。